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ポーランド紀行 旅の終わりに 2019年秋

日本とポーランドは国交樹立100周年になる。と言っても、一般的な日本人にとってポーランドはそれほどお馴染みの国ではない。「ポーランド紀行」の一回目にも書いたが、私がポーランドに行くと言っても友人の多くは素っ気なく、何か見るところがあるのと、それほど興味を示さないのだ。

(中世に迷い込んだような古城の佇まい)
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日本人の多くは、ポーランドにヨーロッパ中世の原風景が健在であることも、ヨーロッパ隋一の親日国であることも知ってはいない。ポーランドの都市の持つ中世的佇まいはポーランド紀行で紹介したが、なぜ親日国なのかについては触れなかった。それにはこんな歴史があるのだ。

(教会に掲げられた日の丸)
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実は、ショパンの楽曲の中でも「革命」はポーランドの悲哀の歴史を物語っている。日本との関係はこのころに始まった。第一次世界大戦末期、シベリア出兵に参加した日本はシベリアに孤立した数百名の孤児を救出した史実がある。ポーランド政府がこの恩返しとして、阪神淡路大震災の被災児童をワルシャワに招き日本に救われた当時の孤児4名とも対面させ励ましたというのである。

(クラクフの裏通り 奥に教会の尖塔が見える)
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(トルンの古城内の教会)
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もう一つは、ナチスに追われた数千名のユダヤ人にビザを発行したリトアニア臨時領事代理の杉原千畝である。杉原の任務はポーランド軍との協力関係を築くことにあったのだ。難民への対応は想定外であったのだが、人道上拒否できないと考えた杉原は、本省の訓令に反してビザを発行したのであった。

(お土産はボレスワヴィエツで作られたセラミック陶器)
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故人となった友人だが、生前3年間くらいワルシャワの大学で日本語を教えていた。彼は一時帰国した折にポーランドの魅力を語り、滞在中に来てみないかと私を誘ったのだったが、機を逸してしまった。その折に訪ねていれば、ポーランド理解が一層深まり新たな人間関係も構築できていたのではないかと思うと、残念でならない。
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