第2回専称寺見学会が行われました。

国指定の重要文化財になっている専称寺の解体修理工事が順調に進んでいます。6月29日、工事の進捗状況を説明するための第2回見学会が行われました。1回目の見学会が昨年11月に行われたことはブログ掲載の通りです。文化財の解体修理工事というのは時間もお金もかかる事業です。

(素屋根で覆われた本堂)
専称寺境内

総門は規模も小さいので解体は終了しています。現在は本堂の解体が本格的に進められています。本堂は規模も大きいし、調査を行いつつ解体を進めていくのは大変な工事です。

工事の過程で、新たな事実も判明しています。関係者の説明によると、本堂は寛文11年(1611)に建立されたことが、桁の中から発見された墨書から明確になったということです。天和2年(1682)には泉藩主内藤氏の寄付によって須弥壇が作られたと考えられることから、完成は天和年間と見られています。半世紀以上に及ぶ工事が行われたことから考えても、専称寺が浄土宗の寺格がいかに高かったのかをうかがい知ることが出来ます。

(束の組木 材質は欅)
組木

その後は元禄13年(1700)、享保17年(1732)、幕末の嘉永7年(1854)に修理や施設の整備が行われたことがわかっています。屋根を茅葺から瓦葺にしたのは明治35年(1902)のことです。

(軸部の解体の様子)
解体中の本堂

私が冒険心旺盛だった少年時代、専称寺は探検ごっこに格好の場所でした。その当時(昭和30年代)の専称寺は外壁も隙間だらけで雨漏りもしていたし、寺格に相応しい状態ではありませんでした。昭和54年(1979)に檀家から寄付を募り瓦葺からメタルフレームの鉄板葺にしたのですがあまり品の良いものではありません。時間の経過とともに瓦もどきの鉄板葺は色があせ、「ぐし」が風によって吹き飛ばされる始末です。本堂自体も前への傾きが大きくなりワイヤーで後ろに引っ張り倒壊防止を施していました。

その後、国指定の重要文化財となり、今回の大震災で全壊の判定を受け解体修理となったのですから専称寺にとっては災いが福に転じた感があります。今回の工事は解体の後発掘調査も行われるということですので、応永2年(1395)の開創以来の変遷がより詳細に紐解かれることを期待しています。
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