トルコ紀行9 (イスタンブール・ トルコ最終日)

5月27日、トルコでの滞在も最終日、イスタンブールの半日観光を残すだけとなってしまいました。2日間滞在したヒルトンホテルを後に旧市街地の北西、エディルネ門の近くにあるカーリエ博物館に向かいました。

この建物も数奇な軌跡を持っているようです。東ローマ帝国時代であった11世紀に正教会修道院の付属教会として建てられたものです。その後、オスマン帝国時代にはモスクに改装され、トルコ共和国になるとその美術的価値が認められ、無宗教の博物館になったということです。

(バラ園に囲まれたカーリエ博物館)
カーリエ博物館

外観は同じ正教会のアヤソフィアと比べると小規模ですが、中に入るとモザイクとフレスコ画に圧倒されます。キリストの受胎から誕生、布教から受難、そして復活とストリーを持った絵画は正にビザンティン美術の最高傑作です。民族と宗教が交錯した戦乱の歴史の中で、ほぼ完璧にこれだけのものが残っているのも驚きです。それにしても、建物を取り囲む庭園が見事なバラで彩られているのが印象的でした。

(キリストのモザイク絵)
キリストのモザイク絵

トルコ紀行の仕上げは夢にも見た世界唯一、東洋と西洋にまたがる海峡「ボスポラス海峡クルーズ」です。ガラタ橋近くの桟橋から観光船に乗り込み黒海方向に向かって進みます。こころなしか、左のほほには西洋、右のほほには東洋の風を感じるような気がします。

この地を舞台に繰り広げた最も大きな民族と民族の攻防は、なんといってもオスマン帝国と東ローマ帝国の戦いでしょう。ローマ帝国の滅亡は1452年の5月29日とされていますので、ちょうど今頃の季節です。初夏の太陽が輝くボスポラス海峡はオスマントルコの艦船で満ちていたのでしょう。メフメト2世は金角湾の北側の陸地に油を塗った木の道を造り、それを使ってボスポラス海峡側から陸地を越えて70隻もの船を金閣湾に移す「オスマン艦隊の山越え」と呼ばれる奇策を成功させたのです。現地添乗員に海峡側の陸揚げ場所を聞いてみると、ちょうど日本総領事館の周辺あたりだろうということでした。

(アジアサイドに立ち並ぶ高級住宅)
アジアサイド

風光明媚な交通の要所ですのでここを支配しようと考える民族は多かったのでしょう。両岸に築かれた歴史的建造物と風景は、人類の歴史を心に刻む格好の舞台です。ボスポラス海峡は全長31キロメートル、クルーズはその半分程度でUターンでしたが出来れば黒海まで足を伸ばしたい気分でした。

(海峡から見たブルーモスク)
海峡から見たブルーモスク

昼食後、イスタンブール空港に移動し16:55発のトルコ航空で帰国の途に着きました。所要時間は約11時間、成田到着は5月28日10:10でほぼ予定通りでした。10日間の現実からの逃避でした。どこ地も訪れる前のイメージと訪れた後の印象は異なるのが常ですが、トルコもまた大きな違いがありました。そのことについては「トルコ紀行 終わりに」に書きたいと思います。
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コメント

No title

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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